アリゾナ移民法を考える[Part I日本でも強まる不法滞在者規制 ──こさせない・はいらせない・いさせない

Vincent A. @ ELC Research International

 

 

私が本稿を起稿したのは8年ほど前の2010年ですので時代にそぐわない記述もありますが,しかしその骨子は,現在でも十分に通用するものと思います。

 

アリゾナ移民法の背景

米国のアリゾナ州で不法移民の規制を目的として2010年4月に成立した移民法は,連邦政府による差止め請求が連邦地方裁判所で認められたため,現在,施行が停止されています。ただし,差止め決定は警察官による不審者に対する職務質問などいくつかの条項についてのみで,アリゾナ州政府はこの決定に控訴するとともに,差止められなかった条項については実施に踏み切る方針を明らかにしています。

米国の不法移民は1100~1200万人と推定され,その半数がカリフォルニア州,テキサス州,アリゾナ州などメキシコと国境を接する州に集中しています。アリゾナ州の総人口は660万人で,そのの30%(200万人)が中南米出身のヒスパニック系です。ヒスパニック系住民のうち45~50万人は不法移民と考えられており,州の人口に対する不法移民の割合が全米で最も高くなっています。移民法の各条項のなかでも,不法滞在が疑われる人物に対する職務質問を警察官に義務づけた点がヒスパニック系に対する人種差別・人権侵害であるとの批判が大きいのですが,人口の10%に迫りつつある不法移民の増加に州政府が強い態度で望もうとすることは社会政策論的にみても無理からぬことで,一概に人種差別的・非人道的法律と否定し切れない面があります。批判がある一方で移民法に賛成する米国国民も少なくなく(*1),オクラホマ州,ユタ州,サウスカロライナ州でも同様の移民法制定の動きがあるようです。

 

日本での規制強化 
「こさせない・はいらせない・いさせない」を基本方針に

海外に居住する私たち日系移民や日本人留学生にとっては,アリゾナ移民法を人種差別的と単純に批判できないもうひとつの要素があります。それは,母国日本における外国人に対する規制の厳しさはアリゾナ移民法に勝るとも劣らず,しかもその規制が一層強まる方向にあるからです。

日本では出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」)によって外国人の出入国を管理し,また,90日以上在留する中長期滞在者に関しては外国人登録法(以下「外登法」)によって日本での在住状況を管理しています(*2)。日本では出国審査により出国許可を得なければ何人(なんびと)も出国できないなど,元々,出入国管理の厳しさには定評がありましたが,にもかかわらず1990年代に不法滞在者が急増し,不法就労の増大,外国人による犯罪の多発化,特に外国人組織犯罪の増加などにより治安が悪化し,社会不安が増大しました。これを受けて法務省入国管理局,不法滞在者が集中する東京都,そして東京都を管轄する警視庁が中心となり不法就労・不法滞在の摘発を強化するとともに,入出国審査をより厳格化するなどの強力な規制策を取ることになりました。

この規制がいかに強力であるのかは,入国管理局が規制方針として設定した『こさせない,はいらせない,いさせない』という標語の力強さにはっきり表れています。まず『はいらせない』からご説明すると,これは入国審査を厳格化して在留不適格者の入国を阻止しようとするものです。そのために入国時に行われる資格審査をより慎重に行うだけでなく,偽造旅券の発見技術の向上や在留資格認定証明書制度(*3)の活用,また最近では指紋などによる個人識別情報の確認が行われています。『いさせない』は,既に入国している外国人の不法就労・不法滞在の摘発を強化し,また罰則を重くするとともに,不法滞在者の出国を促す出国命令制度(後述)の導入などにより不法滞在者数を減らそうとするものです。そして『こさせない』ですが,これは『はいらせない』と『いさせない』を徹底することで,日本の入国審査や不法滞在の罰則が厳しいことを海外に知らしめ,それによって不法滞在を目的とする日本への入国を思いとどまらせようとする予防的効果をねらったものです。

では,この標語のもとに行われてきた規制強化の“成果”をFIG. 1でご覧いただきましょう。日本では不法滞在を不法在留と不法残留のふたつに分けています。不法在留とは日本に上陸許可を得ずに不法に入国した者がそのまま日本国内に在留することをいい,不法残留とは,上陸許可を得て日本に入国した者が認められた在留期間を経過した後も在留すること(オーバーステイ)をいいます。FIG. 1はこれら不法滞在者のうち,推計が比較的容易な不法残留者について1990年~2009年の推移を見たグラフです(*4)。

 

 

FIG. 1でまず目につくのは,1990年代に急増した不法残留者数が2000年以降に著しく減少し,2009年には1990年の水準まで低下したことです。では,このような成果を挙げた主な規制策についてグラフを見ながらご説明します。

1990年(平成2年)以降増加した不法残留者は1993年(平成5年)に約30万人とピークを迎えます。これを憂慮して1995年(平成7年)より,不法滞在・不法就労の摘発が強められ,不法残留数は漸減(ぜんげん)しましたが,27万人前後の高い水準を維持しています。

そこで2000年(平成12)年に入管法が大幅改正され,退去強制処分(国外追放処分)を受けた者がその後に日本への入国を拒否される上陸拒否期間が1年から5年に大幅に延長されました。それに加え,不法滞在そのものが犯罪行為であることを明確に規定する不法在留罪と不法残留罪の条項が入管法に新設されました(70条2項および5項)。罰則はいずれも3年以下の懲役または禁固もしくは30万円以下の罰金(その後300万円以下に増額)です。

改正前にあっては不法滞在は入管法違反として退去強制処分の対象ではありましたが,犯罪行為とはされていませんでした。この改正で不法滞在が犯罪行為とされたことは大変に重要な点です。これはアリゾナ移民法とも関係しますが,警察官は不法滞在が疑わしい人物に対しては犯罪を犯している,あるいは犯そうとするおそれがある者として合法的に職務質問できるようになるからです(詳しくは次回Part IIでご説明します)。

2000年の入管法改正の影響は大きく,改正法施行の直前には従前の入管法の適用(退去強制処分後の上陸拒否期間が1年で,犯罪歴とならない)を受けようと多数の不法滞在者が入国管理局に自主的に出頭しました。FIG. 1で2000年以降に不法残留者数が大きく減少し始めるのはこの法改正が引き金になっています。

そして2004年(平成16年)には,過去に強制退去処分等を受けた者が再度,強制退去処分を受けた場合の上陸拒否期間が5年から10年に大幅延長されるとともに,前述した出国命令制度が創設されました。この出国命令制度は,在留期間を過ぎても国内に在住する不法残留者のうち,自主的に入国管理局に出頭するなど一定の要件を満たす者については,身柄拘束をともなう退去強制処分を行わずに,出国命令を発行して自主的な出国を促そうとするものです。出国命令により自主的に出国した場合は上陸拒否期間が1年に短縮されます。つまり,一方では不法滞在(不法入国による不法在留と在留期間を過ぎた不法残留)を厳罰化し,摘発を強化するとともに,他方では在留期間中に出国しなかった不法残留者の自主的出国を促す措置を取ることで,不法滞在者を日本に「いさせない」ようにするものです。

さらに2007年(平成19年)には入国時の外国人に対する指紋登録・写真撮影による個人識別情報の採取が開始されました。これを拒否した場合は上陸拒否・強制送還の対象となります。

これらの規制強化の結果として,2009年(平成21年)の不法残留者数はピーク時の1993年(平成5年)の約3分の1まで減少しています。入国管理局は,今後も引き続き不法滞在者の縮減に努めるとともに,特に偽装結婚,偽装留学など身分を偽って不法就労や目的外活動を行う外国人の摘発に力を入れる方針です。

アリゾナ移民法では警察官による職務質問が問題とされていますが,日本では外国人に対して在留資格や在留期間を質問する権限は警察官だけでなく,出入国管理に携わる入国審査官と入国警備官はもとより,捜査権・逮捕権を有する海上保安官,麻薬取締官,公安調査官にも,さらには外国人登録に従事する国・地方公共団体職員および職業安定所職員まで,法律によって広く認められています。

アリゾナ移民法を考える上で参考になりますので,次回(Part II)にその詳細をご説明するとともに,日本で2012年(平成24年)に実施が予定されている新たな規制強化策──外国人登録制度の廃止と新たな外国人在留管理制度の導入──についてご説明いたします。それに続くPart IIIでは,日本における規制の状況をふまえた上で,アリゾナ移民法の問題点を考えたいと思います。

 

*1:CNN Politicsによればおよそ半数の米国人がアリゾナ移民法を支持しています。
“Arizona Immigration law divides Californians” CNN Politics, May 31, 2010
Arizona Immigration law divides Californians
“CNN poll: Most back Arizona law but cite concerns about effects”, CNN Politics, July 28, 2010
http://www.cnn.com/2010/POLITICS/07/27/poll.immigration.discrimination/?iref=obnetwork

*2:入管法は出入国審査手続が日本人にも適用される点では日本人にも関係した法律ですが,ほとんどの条文は在留資格など外国人に関するものです。入管法も外登法も外国人を“管理する”という色彩が非常に濃い特異な法律です。

*3:在留資格認定証明書制度とは,査証(ビザ)の取得申請が日本の在外公館を通して行われるのに対して,外国人本人または代理人が日本国内で直接申請するもので,入国目的が入管法に定められた在留資格のいずれかに該当することの証明を求める制度です。在留資格認定証明書を得た後に査証の申請を行うことになりますが,証明書発行の手続が迅速に行われることから,申請者にとっては査証取得までの時間が短縮されること,入国管理局にとっては在留資格認定の基準が従来よりも明確化され,入国審査の適正化につながるという利点があり,現在では査証を取得するにあたりこの制度を利用することが一般的となっています。

*4:グラフは法務省入国管理局白書「出入国管理」平成15年度版および平成21年度版より本稿著者が作成しました。なお,不法入国による不法在留者数についてはピーク時で3万人程度であったものが2009年の段階で1.5万~2.3万人に減少したと推計されています。
平成21年「出入国管理」(日本語版):
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyukan_nyukan90.html
平成21年「出入国管理」(英語版):
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyukan_nyukan91.html

 

 

Copyright © 2010-2018 Japanese Canadian Community Organization of Victoria

 

本稿はJapanese Canadian Community Organization of Victoria発行のJaponism Victoria, vol.5 no.6, 2010 に掲載された記事「アリゾナ移民法を考える[Part I] 日本でも強まる不法滞在者規制-こさせない・はいらせない・いさせない」に加筆修正をしたものです。

 

本稿のPDF版を以下のリンクよりダウンロードすることができます。

https://japonism.media/library/sod100901.pdf

 

 

> アリゾナ移民法を考える [Part II]

> アリゾナ移民法を考える [Part III]

 

 

アリゾナ移民法を考える[Part I]日本でも強まる不法滞在者規制 ──こさせない・はいらせない・いさせない Arizona Immigration Law, Part I

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