アリゾナ移民法を考える[Part II警察官の職務質問と日本の新外国人在留管理制度

Vincent A. @ ELC Research International

 

 

警察官の職務質問

私たちはテレビや新聞などのマスメディアを通じて世界で起きる様々な出来事を知ることができます。その意味でマスメディアは私たちにとって大変にありがたい存在ですが,マスメディアから情報を受け取るときに気をつけないといけないことがひとつあります。それは報道内容を鵜呑(うの)みにしないことです。社会で起きる出来事にはいろいろな見方・とらえ方ができるのですが,メディアで報じられるのはそのうちのひとつかふたつです。また,メディアには視聴者・読者に興味関心を持ってもらわねばならないという宿命がありますので,各メディアの報道の仕方が自ず(おのず)と似たものとなる傾向があります。つまり,ある出来事についていくつもの見方・とらえ方があるはずなのに,どのテレビも新聞も同じ見方やとらえ方,報道の仕方をしているということがよくあります。

アリゾナ移民法もその例に漏れません。読者の関心を惹(ひ)きやすい人種差別や人権侵害という人権擁護的観点からの批判報道はよくなされますが,それ以外の問題点は報道内容からはなかなかみえてきませんし,また,アリゾナの社会秩序を守るためにこの移民法が有効か否かという最も重要な点もあまり論じられていません。メディア報道にはそういった偏(かたよ)りもあるということ認識しておくべきでしょう。

今回はこのような観点から,警察官の職務質問に関するアリゾナ移民法と日本の出入国及び難民認定法(以下「入管法」)および外国人登録法(以下「外登法)の考え方の違いをみてみたいと思います。

アリゾナ移民法の中でも人種差別と批判の多い警察官の職務質問ですが,これに関する条項は具体的に以下のようになっています(*1)。

 

Article 8

B.  For any lawful contact made by a law enforcement official or agency of this state or a county, city, town or other political subdivision of this state where reasonable suspicion exists that the person is an alien who is unlawfully present in the United States, a reasonable attempt shall be made, when practicable, to determine the immigration status of the person. The person’s immigration status shall be verified with the federal government pursuant to 8 United States Code Section 1373(c).

E.  A law enforcement officer, without a warrant, may arrest a person if the officer has probable cause to believe that the person has committed any public offense that makes the person removable from the United States.

 

この条項で用いられている「reasonable suspicion(合理的疑い=疑うに足る客観的事由)」や「probable cause(相当な根拠=その者が罪を犯していると信ずるに足る客観的事由)」は市民に対する警察官の呼び止めや拘束行為の法的根拠とされる法律用語ですが,難しい条文解釈はひとまず置くとして,このような法規定が現場で働く警察官にどのような意味内容のものと受け止められるかといえば,おそらくつぎのようなものでしょう。

「違法滞在が疑わしい外国人に遭遇(そうぐう)した場合には躊躇(ちゅうちょ)なく滞在資格を質問すること。その者が登録証を提示しなかったり挙動が不審な場合にはその場で逮捕し,警察署に連行して取り調べてよい。」

アリゾナ移民法が不法移民の規制を主眼とするものとはいえ,このような規定の仕方はあまりに直接的で,あたかも警察署の朝のブリーフィングで本部長がパトロールに出かける警察官たちを前に“本日の取り締まり方針”を訓辞しているかのようです。これでは“外国人”を一律に犯罪者とみなすも同然で,ヒスパニック系に対する人種差別かどうかという問題以前に,そもそも“外国人”に対して大変に失礼な規定の仕方です。前回のPart Iで申し上げたように,日本では外国人に在留資格を質問する権限は警察官だけでなく,出入国管理に携わる入国審査官と入国警備官はもとより,捜査権・逮捕権を有する海上保安官,麻薬取締官,公安調査官にも,さらには外国人登録に従事する国・地方公共団体職員や職業安定所職員まで,法律によって広く認められていますが,礼節を重んじる日本文化の中で,外国から訪れる“お客さま”に対して日本政府がアリゾナ移民法のような“不作法な”法律を作るはずがありません。実際,日本ではもっとエレガントに法秩序が構築されています。

海外から日本に合法的に入国した外国人は入国審査官の許可印が押された旅券を持っていますし,90日以上滞在する外国人は外国人登録証を持っています。そこで日本では,警察官などの公職員が“その職務の遂行にあたり外国人に旅券または外国人登録証の提示を求めたときは,外国人はそれを提示しなければならない”という規定の仕方をしています(*2)。

このように,アリゾナ移民法が警察官に不審者をどのように扱うべきかを“訓辞”しているのに対して,日本の法律は,外国人の方々に,警察官などが職務上の必要性から旅券・外国人登録証の提示を求めた場合にはそれを提示するよう求めています。いうなればアリゾナ移民法が外国人はみな犯罪者であるかのような“性悪説”に立脚したややヒステリックな法規定をしているのに対して,日本では外国人は正規の旅券または外国人登録証を持っているはずという“性善説”に立つ礼儀正しい法規定をしているということになります。

もちろん,礼節をわきまえた法規定であることは寛容を意味するものではありません。実際には規定内容はなかなか厳しいのです。日本ではそもそも,外国人は旅券を(外国人登録をした16歳以上の外国人は外国人登録証を)常に携帯することが義務づけられています(*3)。旅券の不携帯は10万円以下の罰金,外国人登録証の不携帯は20万円以下の罰金です。また,警察官などが求めた旅券の提示を拒否すると10万円以下の罰金。外国人登録証の提示拒否の場合はさらに厳しく,1年以下の懲役もしくは禁固刑または20万円以下の罰金に処されます。したがって,何らかの理由で警察官がある外国人に不審を抱き,旅券・外国人登録証の提示を求めたにもかかわらず,その外国人が旅券や外国人登録証を不携帯で提示できないとすると,その段階で罰金刑の対象となります(*4)。さらに,前回お伝えしたように,日本では2000年(平成12年)の入管法の改正によって不法滞在は犯罪行為であることが法律に明記されましたので,その外国人が旅券番号や登録番号を覚えていないとすると入国管理局に問い合わせて滞在資格を確認することができませんので,警察官は不法在留罪や不法残留罪という犯罪行為がまさに行われているのでないかという強い不審を抱かざるを得ず,結果としてその場で所持品検査・身体検査が行われたり,最寄りの交番や警察署への任意同行が求められる可能性が大きくなります。

このように,警察官による外国人の滞在資格の確認という点では日本の規制内容の厳しさはアリゾナ移民法と大差ないのですが,日本の規制の仕方が人種差別的と批判されることはまずないでしょう。それは,日本の場合は節度ある規制を幾重にも積み重ねる重層的な構造となっているからです。アリゾナ移民法が,登録証を示さなければ逮捕するなどの“脅し”を使い権力を誇示することで問題を解決しようとする単層的な構造となっているのとは対照的です。脅しを使わざるを得ないほどアリゾナの状況がひっ迫しているのかもしれませんが,物事の考え方や解決の仕方が日本とアリゾナ(米国)では根本的に違うようにも思えます。文化差の真髄(しんずい)のひとつといってよいかもしれません。

 

日本でのさらなる規制強化:外国人在留管理制度

外国人の不法滞在の取締りに関して礼節をわきまえつつも厳しい規制を敷く日本で,さらなる規制強化として2012年(平成24年)から実施が予定されている外国人在留管理制度について簡単にご説明します(*5)。

現在,日本に90日以上滞在する外国人には外国人登録が義務づけられています。登録申請書には申請人の旅券番号,生年月日,本国の住所,職業,日本での居住地および世帯主の氏名,申請人が世帯主の場合には世帯構成員全員の氏名と生年月日など詳細を記入しなければなりません。日本での在留資格や在留期間は法務省入国管理局が決定しますが,この外国人登録は居住地の市町村役場で行っています。市町村役場が登録事務を扱う理由は,日本に中長期滞在する外国人が居住地で生活を始めるにあたり国民健康保険への加入や子どもがいる場合には就学手続など各種の行政サービスを受けることが必要で,外国人登録の内容がその基礎となるからであろうと思われます。現制度のもとでは市町村役場で行われた外国人登録の全情報が法務省(入国管理局)に送られ,外国人の居住関係と身分関係の情報が管理されます。

このような外国人登録制度が廃止され,新たな外国人在留管理制度が2012年より始まります。新制度の最大のねらいは入国管理局による情報の一元的管理です。新制度のもとではこれまで市町村役場で行っていた外国人登録と居所変更など各種変更登録もすべて入国管理局で行うことになります。すなわち,外国人の入国管理,在留管理,出国管理のすべてを入国管理局が直接的に行うことになり,外国人の不法滞在や,偽装結婚・偽装留学による不法就労などをこれまで以上に厳しく規制することができるようになるというものです。2000年に始まった不法滞在取締りのスローガンである『こさせない,はいらせない,いさせない』のうちの“いさせない”をさらに強化するものといえるでしょう(*6)。

新制度が始まると,中長期滞在する外国人には原則として日本への入国時に空海港の入国管理局で上陸許可と同時にICチップ付きの外国人在留カードが発行されます。この在留カードには氏名,生年月日のほか,在留資格,在留期間,就労制限の有無,日本での住居地などが記録されます。一方で,中長期滞在する外国人が居住地で適切な行政サービスを受けることができるように,これらの登録情報が入国管理局から居住地の市町村役場に提供されます。なお,外国人がこの在留カードを常時携帯する義務があることはいうまでもありません。

次回(Part III)は最終回です。これまでにご説明した日本における規制の状況をふまえた上で,メディアではあまり触れられていないアリゾナ移民法の問題点について考えてみたいと思います。

 

 

*1:法律問題を理解するには関連条文を読むことが必要不可欠で,実際,問題の理解にとても役立つのですが,条文そのものが新聞などに掲載されることはほとんどありません。専門的すぎて一般読者の興味関心を惹かないからでしょう。

*2:入管法23条2項,外登法13条2項

*3:入管法23条1項,外登法13条1項

*4: 実際には旅券や外国人登録証が不携帯であっても,合法的滞在であることが判明すれば罰金刑が科されないこともあるようです。

*5:新制度を導入する改正入管法はすでに2009年(平成21年)に成立しています。

*6:この取締りスローガンの詳細についてはPart Iをご参照ください。

 

 

本稿はJapanese Canadian Community Organization of Victoria発行のJaponism Victoria, vol.5 no.7, 2010 に掲載された記事「アリゾナ移民法を考える[Part II] 警察官の職務質問と日本の新外国人在留管理制度」に加筆修正をしたものです。

 

本稿のPDF版を以下のリンクよりダウンロードすることができます。

https://japonism.media/library/sod101001.pdf

 

 

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アリゾナ移民法を考える[Part II]警察官の職務質問と日本の新外国人在留管理制度Arizona Immigration Law, Part II

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