桜楓塾講演会「EU(欧州連合)の成立と現在」[3]
内田 晃
◆加盟国の主権
1958年にスタートしたEEC(欧州経済共同体)は,現在の経済用語で言えば自由貿易協定に近いものでした。しかし,これは主に経済面での共同体制であって,欧州統合とはいいがたいものでしが。実際,EECと並行して1958年には,エネルギー分野での共同管理の進展を目的とした欧州原子力共同体も発足しています。また,EECがEUへと発展した際に,加盟国間で欧州安全保障・防衛政策や警察・刑事司法協力体制に関する取り決めが併せて行われました。このような統合の深化の結果,欧州諸国は単純な経済的統合から,政治・法律・安全保障などを含む総合的な統合へと発展したといえるでしょう。
一方で,このように統合が深化したことで,EUという大きな枠組みが各加盟国に及ぼす影響力も強くなっていきました。そしてそれは,今後加盟を希望する国々が直面する大きな課題になります。そのひとつが加盟国の主権の制約に関する問題です。
EUでは欧州委員会,欧州連合理事会と欧州司法裁判所がそれぞれ行政・立法・司法を担当しています。したがって,EUを,実質的に三権分立体制を持つひとつの国家として見ることもできます。それゆえ,ある国家がEUに加盟するということは,その国家・国民がEUの決定事項に従う義務が生じることを意味します。すると問題になるのは,それまでその国家が専管的に有していた主権,例えば国内法の内容や執行,解釈の仕方をどこまでEUの法体系に合わせられるかということです。
加盟を申請した国ごとに,政治的・経済的な各種基準や規範を含むその国の主権事項をひとつひとつ見直して,EUという枠組みに適合するか否かを判断し,適合しないと考えられる場合は,どのように国内法令を修正させるのか考えなくてはなりません。ひとつの国家の法体系は膨大な数の法令から成り立っていますので,そのすべてについて細心の注意を払って検討し,さらに全体として矛盾がないことを確認せねばならず,これは膨大な手間と時間を要とする作業です。
────経済から始まり政治,安全保障,エネルギーと統合が広がりましたが,文化,特に宗教という側面が欧州統合の過程で問題になったりしなかったのでしょうか?(参加者B)
欧州内では主にキリスト教が普及しており,教派は新教,旧教,ギリシャ正教,英国統一教会などに大まかに分かれ,欧州各地に分布しています。しかし,各教派はお互いに棲み分けができており,また各国がキリスト教を基盤としていますので,これまでの欧州統合の過程では宗教は大きな問題にはならなかったのだと思います。
しかし,今後はEU加盟のプロセスで宗教上の違いが重視されると考えてよいでしょう。実際に加盟候補国のひとつであるトルコは,世俗的と言われているもののイスラム教を主たる宗教としているため,現在,EU加盟の審査で慎重な議論が行われています。
講師略歴:
内田晃氏 1981年明治大学政経学部卒。都市銀行での勤務経験を経て1985年に外務省入省。英国ランカスター大学にて国際関係論・戦略研究で修士号取得。
本稿はJaponism Victoria, vol.8 nos.8 and 9, 2016-2017に掲載された同名記事に加筆修正を加えたものです。