アリゾナ移民法を考える[Part III本当の問題は何か

Vincent A. @ ELC Research International

 

 

アリゾナ州では,2009年に成立した移民法よりも2年前の2007年に不法就労を取り締まる合法労働者法(Legal Workers Act)という法律が成立しています(*1)。この法律によれば,企業主が就労資格のない外国人を不法就労と知りつつ雇用した場合は企業主に対して営業停止処分と観察処分が下されます。そして観察処分期間中に再度不法就労者を採用した場合は営業許可が取り消されます。この規制は企業経営者・不法就労者双方に厳しすぎるとして州の経営者団体や人権団体などが提訴しており,昨年12月より連邦最高裁判所でヒアリングが開始されました。原告側がこの法律を違憲とする根拠は,米国では移民に関する立法権限は連邦政府のみに与えられており,州政府が独自の移民規制を行うことはできないというもので,これは基本的にアリゾナ移民法に対する連邦政府の提訴理由と同じです。

一方で,現在,少なくとも7つの州でアリゾナ移民法と同様の不法移民規制法を制定する動きが見られ,良くも悪くもこの法律が米国における不法移民規制のモデルになりつつあります。さらに,米国では米国生まれの子には誰にでも生得的な市民権が付与されますが,十数の州で不法移民の子については生得的な市民権付与を認めない方向での検討が始まっています(*2)。

さて,最終回のPart IIIでは,アリゾナ移民法に関して本当は何が問題なのか,その核心に迫ってみたいと思います。

 

アリゾナ移民法は本当に必要か?

大きな論争に発展したアリゾナ移民法ですが,そもそも,このような規制法は本当に必要なのでしょうか? まず,米国連邦法における外国人の入出国管理についみてみましょう。

近年,米国の外国人に対する入出国規制は非常に厳しくなり,指紋登録の義務化など制度変更も頻繁に行われていますが,連邦法では米国に入国するためのビザを申請する外国人は外国人登録をしなければなりません(Immigration and Nationality Act 261条)。ビザ免除プログラムを利用してビザなしで米国に入国した外国人も,米国に30日以上滞在する場合は同様の外国人登録をしなければなりません(同法262条)。外国人登録を行うと外国人登録カード(I-94 Card)が発行されます。登録した外国人には登録カードを常に携行する義務が課せられており,義務に違反すると$100以下の罰金または30日以下の禁固刑に処されます(同法264条)。この義務違反は罰則が比較的軽いmisdemeanor(軽罪)とされ,罰則の重いfelony(重罪)とは区別されますが,犯罪行為であることに変わりなく,犯罪記録(criminal record)が残ります。

一方,永住許可を受けた正規移民にはグリーンカード(Foreign Registration Receipt Card)が発行され,このグリーンカードも常に携行する義務があります。そして短期滞在で外国人登録をしない外国人にはビザおよびパスポートの常時携行が義務づけられています(*3)。

このように米国連邦法の下では米国に合法的に滞在する外国人には何らかのIDを常に携行する義務が課されています。したがって,例えば警察官の職務質問を強化することによってIDを持たない不法滞在者を摘発することは十分可能と思われます。

IDを自宅などに置き忘れた外国人が罰金刑に処されたり,滞在資格を証明できるまで警察署に拘束されたとしても,──合法滞在する外国人にとって非常に不快な経験となりますが──不法滞在者の摘発を強化せざるを得ない社会的状況の中ではやむを得ないでしょう。

ただ,IDを持たない米国籍保有者と不法滞在者をどう区別するかという問題が残ります。米国には日本のような戸籍制度や健康保険制度がありませんので,住民票や健康保険証で身分を証明することができません。運転免許証や学生証があればよいのですが,どちらも持っていない人もいます。実際にアリゾナでは,IDのないヒスパニック系米国人が警察署に拘束される事態も起き始めているようです。

このような事態を避けるにはどうすればよいかといえば,答えは比較的簡単です。米国籍を有する米国人にIDを持たせればよいのです。例えば,私たちが住むBC州にはBC IDという独自の身分証明制度がありますが,同様のID制度をアリゾナ州でも始めればよいのです。BC IDは外国人でも登録できますが,アリゾナIDの場合は州に居住する米国籍保有者に限定すればよいのです。州に居住する米国人全員が登録の対象ですから人種差別の問題は生じません。また,このID制度は米国籍保持者向けのものですから,州独自の移民規制にも該当しませんので,米国憲法に違反することもないでしょう。

 

警察官の職務質問について

IDの有無で不法滞在者を識別するためには警察官などによる職務質問が重要なキーになるでしょう。では,警察官の職務質問について規定したアリゾナ移民法がなくとも警察官は職務質問ができるのでしょうか? その答えはおそらく“Yes”です。

アリゾナ移民法では不法滞在を疑うに足る合理的な理由(reasonable suspicion)がある場合にはその者の滞在資格を確認することを警察官に義務づけており,また,国外追放処分を受ける罪を犯していると信ずるに足る客観的事由(probable cause)がある場合には令状なしにその者を拘束できるとしています(同法8条)。しかし,このようなreasonable suspicionやprobable causeという用語はアリゾナ移民法で初めて登場するものではなく,米国の法体系の中ですでに確立されている法律概念です。

つまり,そもそも米国ではアリゾナに限らずどの州でも,警察官はreasonable suspicionがあれば職務質問できますし,犯罪のprobable causeがあればその場で不審人物を逮捕できます。不法入国や不法滞在は禁固刑や国外強制退去処分に該当する犯罪ですので,法律上はどの州でも警察官は米国籍・滞在資格が確認できない者を拘束することができるはずなのです。

これまで警察官がヒスパニックに滞在資格を確認する職務質問をしてこなかったのは,法律上それができないからではなく,そのような職務質問をしてしまうと警察がヒスパニックから反感を買い,他の犯罪捜査で協力が得られなくなるのをおそれたからです(*4)。現状のままでも警察官には職務質問する権限があるにもかかわらずアリゾナ移民法が警察官に職務質問を義務づけたのは,もしかすると,そうでもしないとヒスパニックの離反をおそれる警察官が重い腰を上げないと考えたのかもしれません。

しかし,気乗りのしない警察官の尻をたたいて不審人物に滞在資格確認の職務質問をさせるだけなら,わざわざ移民規制法──アリゾナ製品不買運動が起きるほどの厳しい規制法──を作らなくとも,警察署内で本部長が警察官に対して,不法滞在が疑われる人物には必ず職務質問するようにと,取締徹底の方針を伝える訓辞を行えばよかったのではないでしょうか。Part IIでアリゾナ移民法における警察官の職務質問に関する条文をご紹介した際に,規定の仕方があまりにも直接的で,これではまるで警察本部長がパトロールに出かける警察官たちに“本日の取締方針”を訓示しているかのようだと申し上げましたが,要するにそういう“尻たたき”をするのであれば,立法によって行うのではなく警察署内部の訓辞で行えば十分だったように思います。

 

米国人の行動スタイル

上述したアリゾナID制度の導入と警察官による職務質問の強化のように,不法移民を規制する穏やかな方法はいくつかあるはずです。工夫をすれば人種差別・人権侵害という激しい批判を受けずとも不法移民の規制が十分に可能であったはずなのに,なぜアリゾナ政府はそのような穏便な方策をとらず,アリゾナ移民法制定を選んだのでしょうか?

それは,要するに物事を解決しようとするときの行動スタイルということなのかもしれません。つまり,少々手間がかかるとしても粘り強く問題に取り組めば少しずつ状況を改善できるという場合でも,力にものをいわせて相手を攻撃し短時間で問題を解決しようという米国人独特の行動スタイルが発現したのかもしれません。米国はベトナムでもそうでしたし,アフガニスタンやイラクでもそうでした。そしていずれも失敗しています。米国における不法移民規制のモデルになりつつあるアリゾナ移民法もその轍(てつ)を踏むような気がしてなりません。

つまり,アリゾナ移民法の最大の問題は,ヒスパニックをいたずらに敵に回したことにあるように思います。不法移民を規制するやり方はいくつもあったはずなのに,アリゾナは最悪の選択肢を選んだのではないでしょうか。アリゾナ移民法によって生じたヒスパニックの米国白人社会に対する敵意と不信が簡単には消えることはないでしょう。そしてその影響はこの先10年,20年という長い年月の間に少しずつ表面化するのではないかと思います。たとえこの法律によって不法移民が減少しアリゾナの社会秩序が回復したかのように見えたとしても,警察への非協力の拡大,納税への非協力の拡大など,ヒスパニック系の人々の向社会性──よりよい社会を作ろうとするモチベーション──が弱まることは間違いないでしょう。

上述のアリゾナID制度を導入し警察官の職務質問によってIDのない不法移民を摘発しようとすれば,職務質問を受ける機会が多いヒスパニックの人々の反感を買うことにはなるでしょう。しかし,このような穏やかな規制方法であれば,ヒスパニック系の人々との対話の可能性が残ります。法治国家に不法に滞在することはよくないことであるという基本的な規範意識の育成について,彼らにも協力を求める可能性は残るはずです。

アリゾナの不法移民の問題はアリゾナ州の問題であるとともに,アリゾナ州に暮らすヒスパニック系の人々の問題でもあります。彼ら自身も問題解決に参加できるような状況を作り出すことこそが政治家の知恵であったように思います。アリゾナ移民法はその可能性も葬ってしまったようです。

 

*1: Arizona Revised Statues §23-211 – §23-214

*2: ”States plan crackdown on immigration but risk Latino ire”, Reuters, January 4, 2011

*3: Border Crossing Cardを保有するメキシコ国民を除く。

*4: ”Immigration advocacy groups to challenge Arizona law”, The Washington Post, Apr. 25, 2010

 

 

本稿はJapanese Canadian Community Organization of Victoria発行のJaponism Victoria, vol.6 no.1, 2011 に掲載された記事「アリゾナ移民法を考える[Part III] 核心に迫る」に加筆修正をしたものです。

 

本稿のPDF版を以下のリンクよりダウンロードすることができます。

https://japonism.media/library/sod110301.pdf

 

 

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アリゾナ移民法を考える [Part II] <

 

 

アリゾナ移民法を考える[Part III]本当の問題は何か Arizona Immigration Law, Part III

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