カナダにいても和風献立[1]
──編集者より
「食べ慣れた味」「母が作ってくれた家庭料理の味」は簡単には忘れられません。日本で育った方ならば,海外にいても和風の味付けが無性に恋しくなるときがあるでしょう。
太平洋戦争中に敵国民として迫害されたカナダの日本人移民(日系一世)は,子どもたち(二世)にカナダで生きていくためにカナダ文化を身につけること,言葉も日本語ではなく英語を話すことを教えましたので,日系二世・三世の方たちは親から日本文化を十分に承継することができなかったのですが,例外がひとつ。彼らも家庭では母親の和風の味付けで育てられましたので,和食文化はしっかり受け継ぐことができたのです。ですから日本語は話せなくても日本食は大好きという日系二世・三世はとても多いのです。
カナダも食の多様化が進み,地域差はありますが,街のスーパーでも和風献立に使える食材が多く並ぶようになってきました。大根,白菜,椎茸,豆腐,納豆,米,味噌,醤油,みりん,パン粉,天ぷら粉,ワサビペースト,カレールウ,冷凍枝豆など,日本食材店に行かなくてもそれなりに材料が揃います。和風料理の味付けに欠かせない日本酒も種類は少ないものの酒屋にあります。ただし,「うまみ文化」がないカナダではダシ類(干し昆布,干し椎茸,煮干し,鰹節,ダシ調味料)がまだ知られておらず,どうしても日本食材店を頼ることになります。
基本的に肉食文化のカナダでは肉の種類や調理法は豊富かというと,実際はそうでもなく,一般家庭では,厚切り牛肉のステーキや鳥の丸焼きのように大きな肉のかたまりを焼くか,少し小さく切った肉のかたまりをシチューとして煮込むといった調理法が主です。つまり,肉のかたまりを食する文化はあっても,肉を細かく切って調理する文化はまだ定着していないのです。
例えば,料理に使い勝手のよい牛や豚の“薄切り肉”や“こま切れ肉”をスーパーで見かけることはほとんどありません。スーパーに挽き肉が出回るようになったのも比較的最近のことで,それも牛挽き肉が主で,今でも豚挽き肉を置いていない店があります。
もうひとつ困るのは魚介類が少ないことです。スーパーでは冷凍魚と生魚を扱っていますが,どちらも種類が貧弱である上に,生魚は鮮度が怪しいので刺身に出来そうにありません。刺身,煮魚,焼き魚など和食調理法でおいしい魚を食べたければ日本からの輸入品を扱っている食材店などの専門店を探すしかありません。
そして要注意なのが鶏卵(たまご)。店頭に並ぶ鶏卵の品数は豊富ですが,カナダの鶏卵はサルモネラ菌対策が十分でないので生食できません。つまり,“白いご飯に生卵”という絶品がカナダでは味わえないのです。残念ながら鶏卵は必ず加熱しなければなりません。
このようないくつかの制約はあるのですが,“薄切り肉”や“こま切れ肉”がなくても肉のかたまりを細切りにすれば代用できますし,スーパーで挽き肉も買えるようになりましたので,後は工夫次第で和風献立を組み立てることができます。
このシリーズではカナダで入手できる食材を使って簡単にできる和風献立(時々アジア風)をご紹介します。レシピはカナダBC州(ブリティッシュコロンビア州)ビクトリア市で『Sushi Plus Restaurant』を営んでおられる蔭地(おうじ)宏美さんの創作によるものです。
食事の時間が迫ってきているのに,冷蔵庫にある残り材料で何ができるのか決まらず困ることはありませんか? そんな時に料理本を見ても食材が揃わず,あまり役立ちません。問題は,いかにしておいしい料理を作るかではなく,いかにして目の前の食材を使ってそれなりにおいしい料理を作るかです。このシリーズでは各回,蔭地宏美さんに同じ食材(メイン食材)で二品の献立をご紹介いただきます。お手元にある補助食材に応じて,あるいはお好きな味付けの一品をお試しください。