指圧の真髄[2]

池永 清 @ Canadian College of Shiatsu Therapy

 

 

指圧の社会的認知

前回は指圧がどのような状況で誕生したのかを述べました。その経緯は指圧の創始者である浪越徳治郎が母を思う気持ちの歴史でもありました。四国から移住した北海道での生活は寒さと貧困が一家を襲い,母を病に落とし入れたのです。医療も薬もない環境の中で徳治郎が始めたのが,指で患部を押して治療する指圧でした。それが社会に認知されていく過程には様々な困難と障害が襲いました。しかし,徳治郎の心には母を苦しみから救った事実が信念となって,時代の困難を打ち破って行きました。

母を全快させた徳治郎は大正14年,21歳のときに北海道室蘭に指圧専門治療院を開院しました。母と同じような苦しみを持つ人を救いたかったのです。そして,昭和9年には『指圧療法と生理学』という著書の発表し,昭和15年には日本指圧学院を開校しました。指圧の効果を少しでも多くの人々に伝えたい一心で働いたと言われています。

しかし,日本が第二次世界大戦に敗れたことで,指圧を含む当時の民間療法は厳しい時代を迎えることになりました。それは,変化を強いられた価値観や社会通念が民間療法を否定することから始まります。当時,日本を占領していたGHQは民間療法を制限する法律の制定に着手しました。それ以前は,日本における民間療法は所轄警察署へ届け出ることで開業することができたのですが,それが制限されたのです。

確かに,日本の医療擬似行為には安全が保証されているかどうか不確かなものや,医療効果が危ぶまれるものも多く存在しました。しかしこの時点で,日本人がそれまで育んできた自然感覚を基礎にした人間の健康促進技術の多くが失われることになったのです。GHQは日本の医療に関しても法律に準拠した制度の下で行わせることで,日本に近代国家としての様変わりを求めたといえます。このような国家体制の変化は民間療法の存続を左右する決定的な力となりました。

指圧もこの強靭な政治体制の下で自らの立場を主張しなければなりませんでした。この時,徳治郎が貫き通したかったことは,自分が考案して母を痛みから救うことができたあの“手当て”を守り通すことでした。日本政府はGHQの主導により『あん摩,はり,きゅう,柔道整復等営業法』の制定に踏み切りました。この法律によれば,それまで届出れば認められてきた指圧その他の民間療法は, 8年間の営業許可猶予期間が与えられたものの,8年後の昭和30年に国会の審議により禁止させるという方針の下におかれることになりました。

この8年は正に試練の時でした。8年後の法改正の時までに,指圧をあん摩や,はりや,きゅうとは異なる独自の治療法であることを社会に認めさせなければならなかったからです。徳治郎を始め日本指圧学院の卒業生たちは,指圧の存続をかけて努力に努力を重ねていきました。命懸けの努力だったに違いありません。その努力が少しずつ実り,指圧があん摩とも,はりとも,きゅうとも異なる全く別の健全で有効な療法であることが徐々に認知されていきました。

 

 

8年間の猶予期間が終了した昭和30年に政府の予定通り第22国会において『あん摩,はり,きゅう,柔道整復等営業法』の改正案が提出されました。それを受け,参議院社会労働委員会において各業界より参考人を招聘(しょうへい)して公聴会が開かれました。この公聴会での討議により,政府原案にあった『あん摩』という表現を『あん摩(マッサージ,指圧を含む)』という文言に変更させることができました。その公聴会では,あん摩と指圧の関係,指圧と他の医療行為の関係なども討議されました。法改正に向けてのこの公聴会は,指圧の歴史上極めて重要なものでした。それは,この公聴会によって初めて法律条文に『指圧』という言葉が登場することになったからです。

このような経緯を経て,指圧は独自の療法であることを公に認めさせることができました。しかし,その他の民間療法は残念ながら3年以内に転業もしくは廃業せざるを得ないという厳しい結果となりました。これが歴史上の大きな転換期でした。

この法改正によって指圧は社会的に認知されるものになりました。公聴会に参考人とし参加された先生方からは後に指圧に関する多くの著書が世に出され,療法として指圧の名が社会に広められていきました。昭和32年には指圧の定義を定めた厚生省の教本も発行されました。そして浪越徳治郎が創設した日本指圧学院は厚生省認定校となりました。

 

本稿はJaponism Victoria, vol.8 no.9, 2017掲載の同名記事に加筆修正をしたものです。

 

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指圧の真髄 The Quintessence of Shiatsu[2]

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