文化比較:アイスホッケーとアメリカンフットボール[6]

Vincent A. @ ELC Research International

 

 

アイスホッケー:近代化というバスに乗り遅れたスポーツ

カナダで生まれたアイスホッケーは,米国でカレッジスポーツとして発達したフットボールのように,大学教員たちの干渉を受けるようなことはありませんでした。しかし,その結果,アイスホッケーは“近代化”という名のバスに乗り遅れてしまったのだと私は思います。この近代化というのは,試合から暴力性を排除して洗練したスポーツに姿を変えるという意味です。

アイスホッケーの試合では選手たちが拳で殴り合う風景は珍しくないのですが,それは19世紀のフットボールの姿と本質的に同じです。選手やコーチたちは明らかに「力強いことが男らしさ」という前近代的なエートス(精神性)に支配されています。事実,格闘技を除くと,近代スポーツのなかで公衆の面前で選手同士が拳で殴り合うことが許容されているのはアイスホッケーだけです(*1)。

有名なドーナッツチェーンである“Tim Hortons”(*2)を愛する心優しいカナダ人が本質的に暴力好きとはとても思えません。ただ,ひとつ不思議に思うのは,カナダでは暴力や性的描写を含む映像がテレビ放映される際には必ず視聴注意の警告が表示され,子どもたちに強い刺激を与えないように配慮されているのですが,アイスホッケーはどうやらその例外のようなのです。アイスホッケーの試合では乱闘が頻繁に起きるにもかかわらず,TVのスポーツ番組が始まる前に特に視聴注意の警告が出ることはありません。カナダではアイスホッケーの暴力は社会的に認められているということかもしれません。アイスホッケーに限っていえば,あたかも19世紀のまま時間が止まってしまったかのようです。これは一体,どういうことなのでしょうか?

 

 

おそらく,それがカナダ文化の一面なのだと私は思います。そして,なぜそうなったのかといえば,それは,窮地に追い込まれた経験がほとんどないという,カナダの極めて幸運な歴史がそうさせたのではないかと思います。

その意味はこういうことです。カナダは,アメリカが独立戦争でイギリスと対決したようにはイギリスと対峙する必要はありませんでした。すなわち,カナダは英国連邦の中に留まり続けましたので,その点では,イギリス国王の権力を完全に否定して人民の意志により政府を樹立しようとイギリスと決定的に対立したアメリカに追従することはありませんでした。しかしその一方で,カナダは隣国のアメリカで生まれ発展した民主主義を部分的にせよ取り入れることができたため,細部はともかく,全体としてはアメリカと同じような民主主義国家を作り上げることができました。カナダは大きな犠牲を払うことなく果実を得ることができたのです。

これは“困難な状況に追い込まれたアメリカ人がそれを克服しようと必死で何かの方策を編み出し,それが良い結果を生んだ場合,後に同様の方策がカナダで取り入れられてカナダ社会を豊かにする”という構図ということになります。このような,アメリカが一定の成果を達成した場合にカナダがアメリカをモデルとして後追いするという構図は,カナダ社会の中にいくつも見いだすことができます。

例えば,カナダのニュース番組ではアメリカの出来事が驚くほど多く放送されます──ニュースにはカナダの首相よりもアメリカ大統領の方が頻繁に登場しています──が,アメリカをモデルとして後追いしようとする構図のもとでは,カナダの人々がアメリカの動向を気にするのはごく自然な事です。

 

 

そして同じような構図がカナダのカレッジスポーツにも見いだせます。カレッジスポーツに関しても,カナダはとても幸運だったのです。なぜなら,カナダの大学のほとんどは州立大学(公立大学)で,私立大学のように学生数の確保に悩む必要がなかったのです。ですから,カナダの大学教員たちは,アメリカの大学教員のようにカレッジスポーツが抱えるジレンマに悩まされることもなく,困難な問題に取り組む必要もありませんでした。しかし,アメリカの大学教員たちの苦悩の賜物ともいえるフットボールの近代化という成果は,カナダのフットボールにしっかり取り入れられたのです。ここでも,カナダは大きな犠牲を払うことなく果実を得ることができました。

ところが,カナダ生まれのアイスホッケーに関しては,残念ながら,カナダに移入できるモデルがアメリカになかったのです。ホッケーはカナダ生まれのスポーツですから,当然のことですが,アメリカに“近代化されたアイスホッケー”というモデルがなかったが故に,カナダのアイスホッケーは近代化される機会がなかったのです。

そして,少なくとも現在までのところ,カナダ人の大多数は,アイスホッケーには真剣に取り組むべき重要課題はないと考えているようですので,アイスホッケーは前近代的な姿が今もそのまま残っているということだと思います。

 

*1:アイスホッケーの現行ルールは暴力行為に対するペナルティが非常に軽く,実質的に暴力を抑止する規定となっていないのです。このことは乱闘が多発していることからも明かです。例えば,ある選手が退場処分を受けても,すぐに代わりの選手が出場できるので,勝負にはまったく影響が出ないようになっています。

*2:“Tim Hortons”というのは,ドーナッツとコーヒーを中心に販売するカナダ最大のファストフード・チェーン店で,幅広い年齢層のカナダ人から愛されています。店名は,1900年代中頃に活躍したプロ・アイスホッケー選手で創立者のひとりであるTim Hortonに由来します。

 

Copyright © 2013-2018 Japanese Canadian Community Organization of Victoria

本稿はJaponism Victoria, vol.8 nos.2 and 3, 2013 に掲載された記事「文化比較考-カナダ・アメリカ比較:アイスホッケーとアメリカンフットボール」に加筆修正をしたものです。

 

文化比較:アイスホッケーとアメリカンフットボール[1] <

文化比較:アイスホッケーとアメリカンフットボール[2] <

文化比較:アイスホッケーとアメリカンフットボール[3] <

文化比較:アイスホッケーとアメリカンフットボール[4] <

文化比較:アイスホッケーとアメリカンフットボール[5] <

 

> 文化比較:アイスホッケーとアメリカンフットボール[7]

 

カナダ・アメリカ文化比較:アイスホッケーとアメリカンフットボール Ice Hockey vs. American Football[6]

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

error: Content is protected !!